僕がポケモンになり、カイリューらに捕まり何日かたった日のこと。なぜか外出許可が出された。
バン君がいれば僕が戻ってくると踏んでのことだと思うけど…。
とりあえずバン君に勧められたとおり、この国内の北東にある「丘の上の木」を目指すことにした。
北東に向かうと言っても僕が出てきた(彼らの基地は地下にあったようだ)ところは「丘の上の木」よりも北にあったので、木は南に見えた。
僕は歩きだした。そういえば「丘の上の木」の別名は「出会いの木」だそうだ。
なんだこのいかがわしい出会い系サイトみたいな名前は。
木の別称がけしからんな、などと僕が考えながら四足でてちてちと歩く。
慣れというのは恐ろしいものでもう四足で歩くことにも、
「今日もいい天気ですね」「そうですね」
などとポケモンと話すことにも特に抵抗はなくなっていた。
あ、丘のてっぺんだ…。
かなり不思議な木がそこにはあった。
幹はかなり太く、まっすぐでねじれている。ツイストドーナツみたいだ。
そしてたくさんのきのみがこの一本の大きな木に実っていた。
オレンやクラボ、モモンにブリー…その他たくさんのきのみが、高い位置にも低い位置にもある。
僕でもとれそうな高さだ。
たぶんこの木は一ヶ所に埋められた数種類のきのみが芽をだし、たがいに絡み合って育った結果がこの姿なんだろう。
とりあえず木のまわりをぐるりと一周してみた。
家族だったりカップルだったり、様々な形でポケモンたちが一緒にいる。
大きさも造形も違うポケモンたちの共通点は皆楽しそうだということだ。
彼らを眺めているとそのうちの小さな一匹がこっちに走りよってきた。
ヒノだった。
「ひ、ひさしぶり!」「久しぶりだね、元気だった?」「もちろん!」
こういう会話は人間でもポケモンでも変わらないということにおかしさを感じて、少し笑った。
「どうしかした?」「なんでもないよー」
僕ら二匹はもぎ取ったきのみをかじりつつ、丘を降りた。
※
この国は円の形をしていて、高い城壁によってかこまれている。
そして太い道が東西南北に十字にのびている。
門は南以外の三方向にある。なぜなら南には城壁とぴったり寄り添うようにこの国唯一のギルドが建っているからだ。
この国は先述のとおり、十の字に区切られていて、その半分は商店街とギルドだけだ。
ギルドの探険隊たちが準備しやすいようにという配慮からなのだが、雑貨店などには探険隊以外のポケモンも出入りするため、常に混み合っている。
ちなみに同じような店が何軒もあり競い合っているため商品の質はいい。
店をやっているポケモンの居住スペースはだいたいその店の二階なんかだ。
住み込みで働くことでまたいろいろと便利だからである。
国の北西(つまり十の字の左上のスペース)は探検隊や店を持っていないポケモンの居住区だ。
さっきまでブイとヒノがいた国の北東(十の字の右上)は建物なんかはまったくない。
「丘の上の木」と、そのさらに北の広い森があるだけだ。
この国は街と森があったところを後から城壁で囲ってそのあとで国を整備したため、無理やり城壁のなかに囲われた未探索の森は未だ調査されていない。
(実際その“未探索”を利用し、基地の出入口を作ったりしているものもいるが)
さて、彼らはギルドへ、つまり南へと歩いていき国の南半分を陣取るたくさんの店のエリアへと足を踏み入れた。
※
「へぇ…こんなに賑やかなんだ」
こんなに人(ポケモン)通りが多いところは人間の世界でもそうそうないだろう、と僕は驚いた。
ヒノも落ち着かないのかきょろきょろとあたりを見回している。
僕はこの国にいるのに来たことがないのかと少し怪しく思い
「ヒノも初めてなの?」
と聞くと「う、うん」と明後日の方向を見ながら応えた。
ずいぶんとあいまいな対応だ。
誰かを探しているような目付きだ。
そんなことよりも僕はちゃんと質問に答えてくれないことに少し腹を立て、ヒノをぐいっと裏路地に引っ張った。
路地裏はゴミがゴミ箱からはみ出していたりと、綺麗とはお世辞にも言えなかった。
ヒノはかなりびっくりしたようだけど、目は大通りの流れを見ている。
彼の雰囲気からいって、人のおおさを珍しがっているわけではなさそうだ。
「あのさ…誰か探してるの?」僕の声は少し苛立ちが混じっている。
それでもうわのそらで、僕は少しイラッときて「ねぇ!」声を荒っぽくしてしまった。
「びくっ!」という効果音が聞こえそうな様子でこっちを見た。
これでやっと質問ができるというもんだ。
「…誰を探してるの?」
なんとなく、何ではなく誰と聞いてみた。
そういえばなんで僕をこんな商店街に連れてきたのかすら聞いてない。
僕は半ば誘導されるような形でこの商店街に来たのだから、聞く権利はあるはずだ。
「あ、あのね、バク兄ちゃんを探してるの…」
このブラコンが!
などと言わない僕はなんて優しいのだろうか。
「はぐれたの?」
と聞くと、
「うん。三年前に…。バクフーンのバク兄ちゃん」
と答えた。
“フクザツな家庭環境”というやつなんだろうか。
「それなら僕もあんまり変わらないなぁ…。」
と僕はつい口に出していた。
そう、僕にはお父さんがいないのだ。まったく記憶にない。
「君もなの?」
ヒノはなんだか嬉しそうだった。同情とか仲間意識の類の感情だろう。
「そうだよ。僕の場合は父さんだけどね。普通に出勤して帰ってこなくなったんだよ。僕は知らないけどね」
ため息混じりに言った。
「寂しくないの…?」
「いやまったく」
「ところでなんで僕を商店街に?」
「一緒に探してもらおうと思って…兄ちゃんは商店街によくいるらしいから」
「…えっと、他の個体…っていうか人違いじゃない?」
「いや、この国に炎タイプは極端に少なくて、特にバクフーンは一体しかいないんだ」
「…へぇー…」
街の通りを注意して眺めてみるが、言っていた通り炎タイプは全然いなかった。
…結局、僕はヒノに付き合わされることになった。とくにやることもないので、まぁいいかという感じだ。
僕らは商店街のあまり混雑していない通りに行きベンチに座って行き交うポケモンたちを見ている。
僕たちは手には青くて丸いオレンの実を持っている。
刑事のやる張り込みみたいな感じだ。
くだらない雑談をしながら、適当に歩いてくるポケモンを観察する。
そんな感じで少し過ごすと、バッとヒノが立ち上がった。
「どうしたの?」
ヒノは僕を無視して駆け出した!
短距離走みたいに、すぐ近くにゴールが見えているような感じだ。
「待ってよ!」
僕もヒノを追って走り出す。
…ヒノの追うものが見えた!
人間だった時の僕よりも大きいだろうか、ヒノと同じような色合いのポケモンがいた。
そいつはヒノの姿を認めると、買い物袋らしきものを口にくわえて一目散に北の方へ逃げ出した。
僕もそいつを追いかける。「待てー!」
ひたすら走る。走ると僕がアジトから出てきた場所の近くまで来てしまった。
イーブイになってからスタミナがずいぶん増えた気がする。
木と木の間にヒノがたっていた。
きょろきょろしている様子から察するに、追っていた奴を見逃したようだ。
でも一応
「見逃しちゃったの?」
って聞いておく。
「うん…兄ちゃんに会えると思ってたのに…」
しょんぼりとした様子で答えたヒノ。
もしかしたらそのバクフーンとやらはバン君やカイリューの所属する“ベルスィ”とかの一員なんじゃないだろうか。
こっち(ベルスィのアジトの方向のこと)にダッシュで走って行ったのだからその線は捨てきれない気がする。
僕らは木に寄りかかって、互いの顔を見合わせた。
「また会えるよ!」
「そうかなぁ…」
ヒノは悲しいとか悔しい感じの表情をしている。…いたたまれない…。
僕がしきりにヒノをなぐさめているとそのヒノが太い腕につかまれて、木の裏側に引っ張り込まれた!
そして次の瞬間、僕も木の裏に引っ張り込まれた!
※
バクフーンは、自分がいなくなってから弟のヒノアラシにずっと探されているということを知っていた。
でも彼は、家には戻れない理由があった。弟よりも優先しなければならない理由が。
だが一度、弟に久しぶりに会ってみてその理由がひどく薄っぺらい物のような気がした。
頭の中でそんな考えを何周か巡らせて、自分なりの“解決策”を思い当たった。
そして不安そうな顔をしている弟に声をかけた。
「兄ちゃん…?」
「久しぶりだな、ヒノ。いきなりで悪いがお前ら二匹を食わせてもらう」
※
その解決策はヒノに恐ろしいトラウマを植え付ける事になった…。
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